蜜蝋と薬草

美術館で「におい」を感じることってほとんど無いのに、嗅覚に訴える作品が2つもあったのが印象的だった。
蜜蝋と薬草。どちらも全身がつつまれて土に還るかのような安心感のあるにおい。

森美術館の「地球がまわる音を聴く:パンデミック以降のウェルビーイング」は、国内外の作家の作品を通して「よく生きる」ことを考察する。
タイトルの”地球がまわる音を聴く”は、オノ・ヨーコの詩集『グレープフルーツ・ジュース』から取られたものだ。
この命令口調の詩集は、決して押し付けがましくなく、読み終えた頃には普段怠けていた五感が研ぎ澄まされて、清澄な気持ちになる。
まさにあれを読んだときと同じ感覚を呼び起こす展示内容だった。
それぞれのアーティストが自身の文化や宗教、主義主張を提示しつつも、お互いを干渉しない静かで優しい世界。

ヴォルフガンク・ライプの蜜蝋で囲まれた小部屋の中で、
「過去の記憶を何より克明に蘇らせるのは、それにまつわる匂いである」というナボコフの言葉を思い出した。
今でもあの溶け出しそうな甘い香りと、電球の温かい光がはっきりと蘇る。