私はコーヒーを買いに来ただけだったが、数分もすると、コートが、ブラウスが、ハンドバッグが欲しくなった。つまり頭の中で、自分にたくさんのコートやブラウスを次々に着せてみていた。たおてば、黒のオーバーコート。私はすでに黒の七分丈のコートを一着…

LO*V*E

国立新美術館で始まったばかりの「ルーヴル美術館展 愛を描く」を見てきた。 やっとフランスがたくさん絵を貸してくれるようになったので嬉しい。今年はマティスも見られるようだし。そしてコロナ禍真っ只中でも日本に絵を送ってくれたオランダ、イスラエル…

白い場所

祖母の葬儀に参列したとき、それは仏教式だった。ああ、私のはこれではない、と直感的に思い、とてつもない悲しみと無力感を味わった。これでは天国に行けないと思った。神さまを裏切るような後ろめたさがあった。今まで私を守り抜いてくれていた人を。普段…

sug

必要とする時に一緒にいてくれたから。初めて感性を認めてくれた他人だから。やっぱり大学の友人ってずっと特別だな。お互いに。中高の友人とも仲良いけれど、あの時は誰もがもっと自分のことで精一杯だった。たとえ時を経て、人が変わってしまったとしても…

無機質

電車に乗っていたら、目の前の席に座っていた女の人が、手にクリスマス柄のスタバの紙袋を下げていた。しばらくして彼女が降りて、入れ替わるようにその席を埋めた女性も、同じ紙袋を持っていた。こういう時に様式的で機械的なクリスマスを感じる。自分の誕…

fantasy

大人になるとファンタジーがさっぱり頭に入ってこない。とよく母が言っていた。子供だった私は、そんな日は来ないでと願って、ハリー・ポッターが楽しくなくなってしまうことが怖かった。その一方で、早く大人になりたくて仕方なかった。ファンタジーが楽し…

古いもの

午前中にネットで注文していた北欧のヴィンテージカップが届いた。早速コーヒーを淹れる。あまり考え事はしたくなかったのだけどお昼まで仕事をした。計画がうまくまとまらなくて心もなんだか落ち着かない。どうせなんとかなるのにぼんやりとした不安。昨日…

月蝕

ふと月蝕の日のことを思い出した。仕事を終えて帰る途中、人の塊をいくつも見た。皆同じ方向を見上げている。その先を探すと、高層ビルの隙間から真っ赤な月が見えた。ちょうどルビーグレープフルーツの色に似ている。血の色のようにも見えるけれど、もっと…

20th-century

私は20世紀の終わりに生まれたから、あの時代のことも少しだけ覚えている。あの頃のパソコンっていつも固まってた。ちょっと触っただけで。インターネットが定額料金じゃなくて、しょっちゅう使いすぎては怒られていた。怒られるけれど、「夢を失ってほしく…

manet

ここ最近というより、もしかしたら今年の中でも質の良さでかなり上位にくるのが、練馬区立美術館の「日本の中のマネ」展。都心から割と離れているので行くのを先延ばしにしていたのだけれど、悔いの残らない一日となった。 エドゥアール・マネといえば”近代…

蜜蝋と薬草

美術館で「におい」を感じることってほとんど無いのに、嗅覚に訴える作品が2つもあったのが印象的だった。蜜蝋と薬草。どちらも全身がつつまれて土に還るかのような安心感のあるにおい。 森美術館の「地球がまわる音を聴く:パンデミック以降のウェルビーイ…

怠惰

79歳のデュシャンにインタビューした本を読んだ。『デュシャンは語る』、マルセル・デュシャン、聞き手:ピエール・カバンヌ、訳:岩佐鉄男・小林康夫、1999、ちくま学芸文庫 怠惰で、楽観的で、ブルジョワ然としていて、ミーハーで承認欲求もちゃんとある。…

3 days, after

3連休の初日はSNSで見て気になっていたブックショップへ。中央線沿線のほとんど降りたことのない街。もしかしたら初めてかも。少しだけ気合いのいる場所で、緊張しながら出かけたけれど、結果的に楽しいお買い物ができた。暑さがすぎて涼しくて。駅からそれ…

余白

父との会話がきっかけで、方丈記を再読した。そこらを歩いていた人が突然倒れてそのまま死んでしまう、という描写が、何度読んでも強烈に感じるものだ。自分の人生を特別だなんて思わず、運に期待せず、執着しない、去るべき時に去ることができたら。それで…

10月

啓示のような夢を見たけれどさっぱり思い出せない。 10月という個人的に少し特別な月が始まった。いつも何かが始まり、何かが少しずつ終わっていく。まだまだ暑くて、今日は30度。冷房の室外機の無機質な音が体の奥まで迫ってくるこの感じ。ベルナルド・ベル…

普通の人。

安いブルゴーニュワインを少し飲むだけで機嫌がいい。1200円の赤ボトル。香りは苦手なんだけど味は大好き。グラスももっと集めたくなってしまう。 最近はSally Rooneyの"Normal People"を読んだ。手軽に読める恋愛小説を探して、丸の内丸善でなんとなく選ん…

夢の続き

子供の頃、夢から覚めたのだと気づかないことがよくあった。夢を見ている時も、目覚めている時も、同じ世界を生きている。夢の続きはだいたい絶望だ。どこにも辿り着けなかったり、何かから逃れようとしたり、疲れ切った瞬間に目が覚める。現実の不安が夢に…

何も考えない。

自炊の目的が節約だとしたらあまりにも非現実的なブッラータサラダを食べる。先週は桃と一緒に。今日はトマト、ベビーリーフ、生ハム。ブッラータだけで千円くらいするから、他の食材によっては一皿二千円近くになる。外食の方が安いかも。節約が目的の自炊…

The Strange Adventures of a Private Secretary in Tokyo

僕は往来に佇たたずんだなり、タクシイの通るのを待ち合せてゐた。タクシイは容易に通らなかつた。のみならずたまに通つたのは必ず黄いろい車だつた。(この黄いろいタクシイはなぜか僕に交通事故の面倒をかけるのを常としてゐた。) 芥川龍之介「歯車」 202…